16 Sep兄弟子のゲンコツ

enndou

初日の写真。
注目の「遠藤」。
負けてもこれだけの報道陣だ。
今年入ったばかりの新弟子なのに、いきなり「部屋頭」。
いろいろやりにくいこともあるだろうが、頑張って。

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初日の夕方、ちゃんこの時間。
たまたまある部屋を訪れて、ちゃんこをご馳走になった。

力士たちが揃ってちゃんこを囲むなか、
ある若い序二段力士が、小さくなっていた。

「お前な、何か一言ないのか?」
「今回が初めてじゃないだろ? 台風が来るし、早め早めに準備していつもより早く行け、と言っただろ?」
「何年相撲やってんだよー。新弟子にモノ言えないぞ?」

兄弟子たちに口々に叱られ、序二段力士は、
「はい、すみません・・・」
と消え入りそうな声で答え、うつむいている。
「ヨカタ」(注*部外者)である花子は、ちょっといたたまれない気持ちで、
黙々とちゃんこを口に運ぶしかなかった。
「心の中で」見守る。  耳は「ダンボ」状態で(笑)。

そのうち「なぜ彼が叱られているのか」が、だんだん読めてきた。

どうも、大事な初日だというのにのんびりしていて、
本場所の土俵に遅れそうな時間になってしまったらしい。
これ、「力士としての本分に関わる一大事」。
心配し、焦った兄弟子たちは、

「台風でタクシーもなかなか捕まらないし、ここはマネージャーさんに、
ヤツを国技館まで車で送ってやってもらうよう、俺たちが頼もう」

と。まだまだ、自分でマネージャーさんに頼めるような「顔じゃない」から。
そして無事に、取組み時間に間に合った。

緊張感の無さももちろんのこと、
部屋に戻って来ても彼からは一言もなかった、と兄弟子たちは怒っているのだった。

「まだ、俺たちにはいいんだよ。送ってもらったマネージャーさんには、『お陰さまで間に合いました。ありがとうございました』と言わなきゃいけないだろ!」

なかでも「弁が立つ」兄弟子が、しつこいくらいにあれこれと繰り返す。
花子が、内心(もういいじゃないの。謝ってるんだし・・・)などと思った瞬間。

それまで黙っていて、普段も大人しいはずの兄弟子が、
おもむろに箸とどんぶりを置いて立ち上がり、
つかつかと序二段力士の元に近寄った。

「ゴツン!」

鈍い音が響く。
花子のすぐ隣での出来事だったが、わざと顔を上げずに見なかった。
その音からいって、頭に1発、ゲンコツを食らったのだろう。

そして、これでこの件はすべて終わり。もう誰も何も言わない。
言ってみれば、絶妙なタイミングの「ゲンコツ」だった。

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かつての「重大な事件」以来、相撲界での鉄拳制裁などは、なりを潜めてもいる。
昨今では、高校や大学のアマチュアスポーツでの「暴力」事件が新聞をチラホラ賑わせているが・・・。

しかし、この「兄弟子の1発だけのゲンコツ」は、そんな類のモノではないと思えた。
頭と頭でぶつかり合う、それこそ立ち合いの衝撃は約2トン近くの圧力。
毎日、軽トラとぶつかっているくらいの稽古をしている屈強な力士たちだ。
拳のひとつやふたつ、私たちヨカタとは体の頑丈さも違って、痛くはないだろう。

でも・・・心には「痛み」を感じてほしい。
ゲンコツを食らわすほうも、その手は痛い。

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帰り際、外で「大兄弟子」と序二段の彼について、
今回の経緯について、いろいろ話してみた。
「序二段の彼の性格」についてよく理解し、
「序二段の彼の生活ぶり」をよく観察しているのに、花子は驚いた。

「花子さん、どう思いますか?」
「オヤジ(*師匠のこと)に叱られるくらいなら、まだあなたたちに叱られる方がいいんだな、マシなんだなと思ったよ。本場所の土俵に遅れて不戦敗、なんて師匠の責任も問われる。そうならないように、みんなでどうにかフォローしたんでしょ? ここはやっぱり、普段の生活を共にしている兄弟子たちが、キッチリ教えてあげないといけないんだな、と思ったよ。相撲って、何事も礼に始まり礼に終わる・・・周りのフォローに感謝する。いくら口べたな子でも、ちゃんとその気持ちを言葉に表さなきゃ、周りに伝わらない。そこを指摘してあげてたんだね。しかし、根気よくというか・・・みんなでしつこく言ってたねぇ。聞いてるこっちは、ちゃんこがまずくなってしまったほどだよ(笑)」
「しつこく言わなきゃわからないんスよ、今の子は。ふーっ」
「ゲンコツ、効いたかなぁ?」
「よほどのことじゃなきゃ、俺たちもしないです。いや、たぶん効いてないでしょ・・・」
「あなたたち兄弟子も大変だねぇ・・・」
「まぁ、自分も若い頃は同じように迷惑掛けてたりね。今になってわかりますよ」
「わかった頃には引退、だったりするんだよねぇ」
「そうっスねぇ・・・」 。

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繰り返され、続いていく「男の世界」。
「愛のゲンコツ」をもらった序二段力士も、いつか兄弟子になり、
後輩力士に気をもみ、ゲンコツを食らわす日が来るかもしれない。

いや。是非ともそんな日が来ることを、私は願う。

今日、序二段力士がちょっと気になり、何気なく部屋の前を通り、
少しだけ顔を出してみた。

「ああ、アイツなら○○さんと近くのラーメン屋に行ってますよ」。

昨日叱った兄弟子のひとりが、彼を誘ってラーメンを食べに行ったらしい。
うん、ええじぇないか。
心配することないな・・・これが男の世界なんだ。相撲界なんだ。

 いちいち重箱の隅を突つかれることの多い昨今。
 この「ゲンコツ」の意味を「ヨカタ」に誤解されてしまったら、かなわない。 
 書いていいものか躊躇したが、
 これ、書いておくべきかもしれないな、と。(文責:どす恋花子=佐藤祥子)
 
 

  
 
    だから締め切り間近の原稿より長い、こんな日記を今、書いている。